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つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

市川祐子さんのIR・ESG・SDGsと翻訳に関するセッションを聞いて

前回の記事の最後で触れた、市川祐子さんの『実践!Non-nativeでも投資家に伝わるIRの英語』と題したお話。今回の翻訳祭で一番印象に残ったセッションでした。
 
海外の投資家のために決算関連資料を英語化したいと考えている企業担当者に向けた具体的なプロセスの説明や、市川さんが最初は必ずしも英語が得意とは言えなかったにもかかわらず、どうやって英語力を磨き、楽天のIR責任者として仕事をされていたかといったお話も大変勉強になりましたが、私が特に興味深く感じたのは「ESG・サステナビリティの開示動向」の部分でした。理由は次の3つです。
 
①「機械化しやすい部分も多い決算関連資料の翻訳のなかで、非財務情報には特に人間による翻訳が欠かせない。というのは、パーパスやミッションを企業が持つ『ストーリー』として説得力のある文章で表現する必要があるから」というお話が、人手翻訳にとっての明るい話題に思えた。
 
②人的資本等のサステナビリティに関する情報や、ESG、SDGsの観点を意識することで、自分自身が企業や世の中にもっと興味を持てそうだと思えた。
 
③企業が海外のESGやSDGsに関する情報を収集したり、自社の取り組みを統合報告書などで世の中に発信したりする際に翻訳者としてお手伝いできれば、これまで以上にやりがいや喜びを感じながら仕事をしていけそうだと思った。
 
市川さんのお話をうかがって自分がこういった分野に興味を持てることに気がつき、少しでもいいから具体的に動いてみようと決めました。市川さんのご著書『ESG投資で激変! 2030年 会社員の未来』のほか、サステナビリティ関連の入門書や、ESGに特化した経営誌『日経ESG』などを読んだり、SNSで関係団体のアカウントをフォローしたり、日経SDGs/ESG会議をオンラインで聴講したりしました(このウェビナーはとても聞きごたえがあり、おもしろかったです)。その結果、市川さんのセッションを初めて聞いたときにはピンとこなかった用語の一部が、翻訳祭配信期限最終日にもう一度視聴したときにはただのカタカナではなく、意味がある言葉として入ってくる実感を持てました。
 
とはいえ、ESGは経営、言い換えれば事業全体に通奏低音のようにかかわってくるものなので、範囲がとても広くて深く、どこまで潜っていけばいいのかわからないくらいだとも感じてます。また、学んでいくにつれ、経営誌や政治のレベルと実務の現場とでは温度差もありそうだという思いもわいてきました。情報を発信する立場(基準を策定する団体、経営者、社員、NGOなどなど)によって、ESGやSDGsの達成度のとらえ方も違ってきそうです。そういった側面も、この分野を学ぶ際の難しさ(奥深さ)になるのではないかと感じています。
 
今後さらに研鑽を続けてサステナビリティ関連を自分の専門分野とし、よりよい社会に向かって、よりやりがいを感じる仕事ができるようになったら最高だなと思っています。そのヒントを与えてくださった市川祐子さんに、心から感謝しています。
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JTF翻訳祭2022 その1

10月に行われたオンラインでのJTF翻訳祭に申し込み、11月末のアーカイブ配信期限までじっくり拝聴しました。
 
秋の始めごろから、今後の翻訳の勉強の仕方や仕事の幅の広げ方について思案しており、家族の将来設計や自分の持続可能性などのことを考慮すると、これまで避けてきたCATツールの導入を真剣に考えるときに来ているのかもしれないと思うようになりました。しばらく前に、何年もお取引が途切れてしまっていた翻訳会社の方から突然ご連絡をいただいたものの、「できればツールを使ってほしい」とのことで新しい仕事につながる可能性が立ち消えになってしまったという一件も、そう思うきっかけになっていました。
 
「相手」を知らないことには、導入すべきなのか、今後の自分の目指す翻訳者像に合うか、実際に使うときの注意点は何かなどを判断できないと思っていたところに、今年の翻訳祭では機械翻訳やCATツールに関するセッションが多くあると知り、まずはこの機会に情報収集をしようと申し込みました。期待通り、さまざまな立場の方からツール/機械翻訳とは何かをうかがうことができました。ツールの実演や、各機械翻訳の出力結果を示しながら説明してくださるセッションもあり、翻訳祭前はほとんど知識がなかった私も、だいぶ具体的にイメージできるようになりました。
 
実際の仕事で触ってみなければわからない部分ももちろんあります。また、ツールを製作・販売している会社から翻訳会社やエンドクライアント(翻訳を発注する側)に向けてうたわれている便利さや効率のよさが、翻訳者(実際にツールを使う側)にとってもまったく同じように言えるのか、もう少し考えてみたいなと思うところもありました。いずれにしても、今後の動き方を考えるためのよい材料をいただきました。
 
ツールや機械翻訳関連のほかにも、個人の方々によるお話にとても刺激を受けました。
 
さきのさんの「知っておきたい翻訳史」、大島先生の「近世日本のオランダ語翻訳事情」では、歴史の流れのなかで文化や社会の一部として翻訳を客観的に見る楽しさを味わいました。
 
宮原さんの「ビジネスプランは十人十色」では、仕事・家事・育児で日々いっぱいいっぱいななかでも、少しずつ前進して自分が目指す翻訳者になるためにどうやって動くか、具体的なヒントを教えていただきました。実際に、宮原さんのお話をうかがった後に商工会議所に行って地元企業についての情報を仕入れ、新たな挑戦をするために小さな一歩を踏み出すことができました。
 
朱宮さん、あきーらさん、井上さんによる「翻訳者のキャリアとライフステージ 」では、お三方ともかなり突っ込んだところまでご自身の人生を共有してくださり、個人翻訳者の方と久しぶりにじっくりお話しできたような気持ちになりました。個人的には、モデレーターをしてくださっていた舟津さんの翻訳者としてのお話もくわしくうかがってみたいなと思いました。
 
全部は書き切れませんが、どの方のお話も大変興味深く、たくさんメモを取りながら拝聴しました。
 
2週間にわたるプログラムのなかで特に印象に残ったのは、マーケットリバー株式会社代表の市川祐子さんによる『実践!Non-nativeでも投資家に伝わるIRの英語』というセッションでした。市川さんのお話を聞いて自分がどうしてこんなにわくわくするのか確認するために、アーカイブ配信期限最終日にも2回目を拝聴しました。うまくまとめられるかわかりませんが、次回の記事ではこのセッションについて感想を書きたいと思っています。
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最近読んだ本:『第三の女』/『Third Girl』

原書&訳書の読み比べをしていた、アガサ・クリスティの『第三の女』/『Third Girl』を読み終えました。

HarperCollins Publishers Ltd
発売日 : 2015-09-24

最初は、1日に原書の黙読15分・音読5分→該当ページを訳書で黙読(10分くらい)のペースでキチキチ進めていましたが、物語が佳境に入ってくると原書を読むのをなかなか止められなくなりました。物語の力が、英語を読む量と時間を増やしてくれました。

名探偵ポワロシリーズのひとつです。本作を読み始めるまえはきちんとドラマ版を見たことがなかったにもかかわらず、原書を読んでいるだけでポワロ演じるデビッド・スーシェ氏の動きと吹き替えの熊倉一雄さんの声が脳裏に浮かんできました。スーシェ氏はポワロを演じるにあたりかなり原作を研究したそうですが、今回ポワロの物語をじっくり読んで、スーシェ氏の演技にその研究が生きていたことを実感しました。同時に、日本語でポワロ(スーシェ氏)の独特な魅力を十二分に伝える熊倉さんの声の演技も、あらためてすばらしいと感じました。本作を読んでいるあいだにすっかりポワロが好きになってしまい、NHKで放送されているのを録画して見ています。数週間前には一晩で一挙15作ほど放送された日もあり、まるでポワロ祭りのようでした。さらに、近々『ポワロと私:デビッド・スーシェ自伝』なる書籍も原書房から出版されるそうで、大いに楽しみです。 

これまでは、クリスティというとなんとなく1930年ごろのイメージを持っていました。自動車が走っているけれど馬車も共存していて、お屋敷にはメイドや執事がいて、女性は長いスカートをはいてあまり肌を見せない時代。ちょうど『ダウントン・アビー』のシーズン1で描かれていた社会でポワロが活躍しているイメージでした。が、本作の舞台は1960年代。髪を伸ばし、ヒッピー風の格好をして芸術に情熱を燃やす若者や、外に働きに出たり、男友達と外泊したりする資産家の娘が登場します。これまで私の頭のなかで古色蒼然としていたクリスティ作品の世界が急にカラフルな原色をまとい、ポワロやクリスティが自分ととても近い時代にいたような感覚を覚えました。若者たちの言動に翻弄され、これまでの常識が通じないと困惑するポワロたちもゆかいでした。

今回は訳書との読み比べをするにあたり、小尾芙佐さんの文章が読みたいと思って『第三の女』を選びました。原書を読んでいても筋は終えているし、読むのを止めたくないと思うほどおもしろいと感じているのに、小尾さんの訳書を読むとクリスティの世界が何倍にも濃く深く広がりました。原書では白黒の棒1本で描かれている絵が、訳書ではフルカラーの立体的な映像になって立ち上ってくる感じ。クリスティの文章だって当然フルカラーの映像が浮かぶように書かれているのに、私が読むと平たんな画面になってしまう。自分の英語の読解力がまだまだだと痛感します。一方で、小尾さんの筆力があるからこそ、登場人物たちがはつらつとしたエネルギーを持ったように感じた場面もたくさんありました。

例えば、ポワロの相棒・オリヴァ夫人が聞き込み(のまね事)をしに行ったときに、話を聞いた清掃係の女性のセリフ。

And they're ever so expensive, these flats. You wouldn't believe the rents they ask! (P74)

原書ではこう書かれているのが、小尾さんの手にかかるとこのように。

それにここの部屋代ときたらべらぼうなのよ。あの連中が吹っかける部屋代っていったら目の玉がとびでるわよ、奥さん!(P112)

expensiveと読んだときに「べらぼう」が、Youに「連中」が、askに「吹っかける」が、「wouldn't believe」に「目の玉がとびでる」が出てくるか? ………私だと出てきません。もちろん、翻訳は単語単位でするものではなく、もっと大きなかたまり(セリフ全体、段落、章、1冊丸ごと)で日本語にうつすわけですが、セリフ全体をヒント・条件としてとらえても、こんなに生きのいいセリフを生み出すにはまだまだ修行が足りません。1文で読んでも、ここまでのこの女性の話し方や想像されるバックグラウンドなどを踏まえても、ぴったりなセリフだと思いました。

上記は違う場面ですが、登場人物がたんかを切るとき、相手を追い詰めるとき、開き直ったときなど、ぴりっと締まる感じのセリフが絶妙で、とてもかっこいい。歌舞伎のようだとも思いました。小尾さん、加藤洋子さん、皆川博子さんなど、かっこよくて華がある、山椒のようなセリフ・文章を書かれる翻訳者さん・作家さんが好きで、憧れを感じます。

原書と訳書を比べると、自分が目指す山の高さをあらためて感じてめまいがします。でも引き続きその山を登るため、次はアラン・ベネット作の『やんごとなき読者』の読み比べを始めようと思います。

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受注から納品まで

お仕事の打診をいただいたとき、主に次のような流れで承っています(お取引先によって少し異なる場合もあります)。
 
①メールで打診を受ける
新しい案件については、いつもメールでご連絡をいただきます。
 
どんな場合でも必ず書かれているのは、分量と納期。以前からお取引があると、レートは省略されていることが多いです。
 
もう少し詳しく書いてくださっている場合は、
・原稿の大まかな内容
・クライアントの特徴
・訳出時に参考とするサイト
・注意事項
などもわかります。
 
打診時の情報共有については担当者さんによって少々差があり、翻訳が必要になった背景まで最初から書かれていたときは、訳者側のことを配慮してくださっていることが伝わってきて、とてもありがたかったです。
 
翻訳案件のときは、たいてい打診時に原稿ファイルが添付されているので、自分が引き受けられるかをはっきり判断しやすいです。対してチェック案件のときは、まだ別の方が訳している段階で(もしくは訳し始める前に同時に)打診をいただくことが多いため、訳文ファイルはまだなく、原文ファイルだけで判断をするのが(私の場合は)普通です。
 
②詳細を確認する
①で分量と納期しか書かれていなかったような場合は、その情報だけでは納期内に自分が担当できるか判断がつかないので、下記の詳細について確認します。
 
・翻訳する文書の詳細(使う目的、読み手など)
・大まかな分野
・翻訳不要箇所があるか
・用語を統一する資料はあるか
・レート(※土日加算、特急加算の確認も含む)
その他、チェック案件を受けるときの確認事項の詳細は前回の記事に書きましたので、よろしければそちらもご覧ください。
 
③スケジュールの確認と条件の交渉
分量を自分の1日当たりの処理量で割り、カレンダーも確認しながら、納期までに対応できるかを確認します。まだ子どもが小さいこともあり、不測の事態に備えて、スケジュールには少し余裕を持たせてお引き受けするようにしています。
 
このときの判断材料にするために、日ごろから工数をExcelでメモして、1日当たりの処理量がすぐにわかるようにしています。この資料があると、案件や分野ごとにも自分のだいたいのスピードがわかります。
 
納期やレートの条件等で変更が必要だと思うところがあれば、これならできますという条件を提示して交渉することもあります(交渉はあまり得意ではないのですが、「~はできない」と否定形で伝えるより、「~ならできる」とできる方法を探して伝えることを心がけています)。
 
④対応できると返信する
①~③までを検討して、できると思えたらお引き受けできる旨返信します。背伸びをして引き受けて無残な結果になると後に響くので、受けられるか決断するときは慎重にいきます。ただ、スピードを上げるためにも、もう少し自分に負荷をかけるような水準にしていくほうがいいかもと最近は考えています。
 
対応可の連絡後、正式に受注することになったら、カレンダーにその案件を記入します。
 
⑤訳出、チェック
ファイルが届いたら、受信の連絡をして仕事を始めます。特に分量が大きな案件のときは、枚数かワード数で1時間当たり/1日当たりのノルマを決めて、それを達成するように進めていきます。
 
仕事中は、翻訳のときは野鳥のさえずりなど音が静かな動画、チェックのときは気分とスピードを上げるためににぎやかな音楽をかけていることが多いです。
 
静かな動画のなかで最近のおすすめはこちら↓
「猫用」と銘打たれていて、餌台にやってくる野鳥たちの姿が延々流れている動画です。BGMもなく、ひたすら鳥の声がひそかに聞こえてきます。じっと画面を見つめているわけにはいきませんが、調べものの合間にタブを変えてちらりと眺めては癒やされています。
 
チェックのときは人の声(歌詞)が入っている曲でもあまり影響はないのですが、翻訳のときは頭に浮かんできた表現がかき消されてしまうので、歌詞が入っていない音源をかけています。
 
⑥納品
メール添付にて納品します。納品後、ファイル受領のご連絡をいただくとほっとします(ごくたまに受領連絡がないときもありますが)。
 
こんな感じです。
 
①~③の確認事項は、SNSなどで翻訳者の先輩方の投稿を拝見しながら、少しずつ自分なりに項目を増やしてきました。むちゃな条件や危険な案件を引き受けることにならないよう自衛するための策ですが、それでもなかなかうまくいかず、届いたファイルを開いてから「えっ」となることも時にはあります。
 
そういった状況にならないよう、案件はすべて実際のファイルを見てから引き受けるかを判断する先輩方も多いようです。私も、そういう方向に少しずつ条件を整えていきたいと考えているところです。
(2022/12 加筆修正)
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「参考資料との統一」について考えてみました。

翻訳案件の「参考資料と統一する」って、どういうことなのでしょうか。この言葉を口にしたり言われたりするときに頭に思い浮かぶ内容は、どうも人によって違うのではないでしょうか。翻訳者/チェッカー間で統一に対する考え方に差があるだけでなく、1つの翻訳案件にかかわる人たちの間でも差があるのではないかと、最近感じるようになりました。

〇参考資料に対する私の考え
エンドクライアント(翻訳発注企業)から参考資料が支給される場合、「訳出段階で参考資料に表現・表記を統一し、チェック段階で統一できているかを再度確認する」のが原則だと考えています。学習者だったころから、SNSなどで翻訳業界の先輩方が発信される情報や業界誌で「参考資料があれば統一するのが大前提」とされているのを見聞きしてきました。初めて翻訳会社からチェック案件をいただいたときも、チェックの方針として参考資料と統一するよう指示があったと記憶しています。何より、情報の正確さを保ち、読み手に伝わりやすい内容にするためには、何かしら基準(参考資料)があるのであればそれに統一することが大切だと考えます。

しかし実際は、人によって「参考資料」や「統一」に対する考え方が違い、かつその考え方の違いが共有されないことが多いのではないかと想像しています。

〇関係者の頭のなかを想像してみる
・エンドクライアント:「こちらは参考資料です」(翻訳の「参考」にしてもらえるかな。表現はそろえなくてもかまわないよ)

・翻訳会社:「翻訳者に渡します!」(参考資料なんだから、これにきっちりそろえるということだな)(参考資料があれば訳出時に統一するのは当然。でも翻訳者は言わなくてもわかっているはず)

・翻訳者:「参考にします」(いつも通り、「参考」にしよう)

・チェッカー:「参考資料との統一、承りました」(参考資料があるということは、エンドクライアントも翻訳会社も統一をご希望なのだ。翻訳者もそれを知っているはず)→訳稿が届いたので見るとほとんど統一されておらず、必要工数が増えて青くなる

これは、翻訳者とチェッカーの立場しか経験したことがない私の想像でしかありません。もちろん、このような方々ばかりでないことは重々承知しています。ただ、「こんなふうになっているのでは?」と、下記の点を確認している最中のやりとりで感じることが多いです。

〇チェック案件打診時に確認していること
①参考資料はあるか(今はなくてもチェック開始までに発生する可能性があるならそれも含めて)

②参考資料に「何を」「どのくらい」そろえるか(固有名詞? 同一文言? トーンの参考にする? 参考資料のほうが今回の訳文より精度が低い場合もそろえる? 統一不要のただの「ご参考まで」なのか?等)

③参考資料が複数ある場合は、優先順位

④訳出者はひとりか

⑤①~③について、翻訳者にも必ず伝えてもらう。万が一、資料との不統一が多いと訳稿が届いてからわかった場合は、レートの上乗せ、納期の延長、翻訳者への修正依頼も含めて対応方法について相談することにあらかじめ了解を得る。
---
①は、打診時には参考資料があるという話はなかったのに、チェック開始時になって参考資料もやってきたことが以前あってから、「開始までに発生する?」という点も訊くようにしています。こちらがこう問いかけてから、「クライアントに確認します」という話になることもあります。

②私の場合、「参考資料と統一してください」と言われると、「資料と同じ用語・文言が翻訳原稿に出てきたら、資料とそろえるのが原則なんだ」と思います。でも、チェックの仕事をするときに届いた訳稿が統一されていなくて、「同一文言は資料とそろえるんですよね?」と再度確認したら「必ずしもそろえなくていいです(ご参考まで)」という返事だったこともあれば、「統一しなくてもいいけど、コメントにそろっていない旨書いておいてください」と言われ、そのように対応して納品した後、「参考資料にきっちり統一し直してください」と別の担当者の方から連絡があってやり直したこともあります(再作業の対価は何かしらいただきました)。このときは、翻訳会社の方々のあいだで認識違いがあったのだろうと思いました。

③複数の参考資料がある場合、資料間で表記がそろっていないことも。その場合は、資料ごとの表現の確認や、より適切な表現の判断などにも工数が必要になります。そのため、複数資料があるときはあらかじめ資料の優先順位を確認し、基準となる資料を決めておきます。これも、こちらが問い合わせて「クライアントに確認します」という話になることが多いです。(ついでに、優先度が低いとされた資料の表現のほうが優れていて頭を抱えることもなくはありません……)。

④分量が大きめで訳稿が分納される場合、同じ方がすべて翻訳しているかと思いきや、ファイルによって品質や表記が違って困ったことがあります(あるいは、後の方で力尽きて別人かと思うような品質になってしまったのかもしれません)。以来、一度に訳稿が届かないときやファイルが複数にまたがるときは、同じ人がすべて訳されるかを確認するようにしています。

⑤「参考資料との統一の必要性」、あるいは「統一度合いに関するクライアントのご希望」は、翻訳者に伝えられているものと思っていましたが、必ずしもそうではないようです。そう感じるくらい、参考資料を参照していない訳稿は多いです。そのため、うるさいと思われるかなと思いつつ、「翻訳者にも伝えてください」とお願いしています。

①~⑤まで確認してやっと、エンドクライアントからチェッカーまでの「参考資料に対する考え方」が統一されるのではないかと思います。

ここまでお読みになって感じられた方も多いかもしれませんが、困った状況になるときの主な原因は確認不足だと思います。上記で想像した「関係者の頭のなか」がもし事実なら、それを頭のなかに収めておかずに念のため口に出して(あるいはメールで文字にして)伝える。はっきりしなければ、訊く。私自身、何度も顔を青くし、失敗もしながら、打診時に確認する内容をだんだん増やし、作業開始後も含めて翻訳会社の方とのコミュニケーションを増やすよう心がけているところです。翻訳はそもそもコミュニケーションのために存在するのだから、翻訳案件自体の進め方でコミュニケーションが不足しているという状況があるのなら、その一関係者として何とかしていきたいなと思っています。

ただ、この「参考資料に表記・表現を統一する」という作業は、けっこう手間がかかります。ツールやアドインでいろいろとやりようもあるかと思いますが、参考資料がWordなどの場合は、次のような手順になることが多いのではないでしょうか。
・参考資料のどこにどういった情報があるかを把握する
・原稿に資料と同じ部分(文言)があるかを確認しつつ訳していく
・参考資料で指定のある用語と齟齬がないように表現を工夫する(どうしても齟齬が出るなら、その旨と代案をコメントに入れる)
これらが必要になると、資料なしで自ら調査しながら訳すよりも統一のための工数がだいぶ増える場合が多いです。

このことを踏まえ、なおかつ昨今翻訳の納期がより短くなっていることも考えると、「参考資料に統一されていない!」と翻訳者だけに矛先を向けても「統一されていない問題」は解決しないと思っています。参考資料にきっちりそろえることが必要ならそれだけの対価と工数が必要ですし、翻訳者とチェッカーの効率化に役立つ資料がどんなものかも検討していただきたいところです。例えば、エンドクライアントの過去の既訳文書から抽出した、あるいは社内用語をまとめた固有名詞の用語集があれば、膨大なネットの海を検索する労力が省け、翻訳スピードの向上にも即つながると思います(私は残念ながらそのような用語集とはあまり出会ったことがなく、たいていWordやPPTの文書、またはURLが参考資料として届くことが多いです)。

一方で、参考資料との統一が条件なのに納期が厳しくて訳出時に統一まで手が回らないということがもしあれば、翻訳者には統一込みで対応できる納期を翻訳会社に交渉していただきたいです。万が一、統一が前提なのにできないことを承知のうえで受注し、統一作業を意図的にチェック段階に回しているのなら、それは翻訳単価だけの仕事をしていないことになりますし、その分、自分の翻訳単価を下げてチェッカーの単価を上げてもいいくらいだということに思いを致すべきでは? と思ったりもします。

参考資料や資料との統一に対する考え方について翻訳会社の方とやりとりをし、方針を共有する努力をすること。相手の話に耳を傾け、自分の考えや改善案も必要なときに丁寧に説明すること。そして、どうしても状況が変わらなければ、自分が納得できる条件で仕事ができる新たな取引先を探し、トライアルに挑戦すること。すべて必要で大切なことだと思いますし、私自身も少しずつそれらに向けて試みを重ねているところです。

……チェッカーは、人の訳文に修正を入れるという立場上、口うるさいと思われることもあると思いますし、翻訳者よりも経験の浅い人物がチェックをしたことで品質が台無しになったなどという話も聞きますので、チェックを多く担当している身でこの件についてブログを書くかどうか、しばらく前から迷っていました。今回、スペイン語翻訳者の宇野和美さんのブログ最新記事『説明をお願いします』に背中を押していただきました。宇野さんがブログで書いていらした事柄と本記事での統一の話はまた状況が異なるのですが、手順や基準がバラバラで困惑すること、個々人で違う考え方/やり方が説明されないことで戸惑うことが、宇野さんのような経験豊富な翻訳者の方でもおありなのだと知りました。私はまだ発展途上のしがない翻訳者/チェッカーではありますが、参考資料との統一に関する一個人の体験とそれに対する考えを、一度まとめてみようと思いました。

だいぶ長くなってしまいました。お読みくださってありがとうございました。至らない点が多々ありますので、お気づきの点がありましたら、ぜひご意見をお寄せください。

読んでくださってありがとうございました。
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