歴史と本と翻訳と ~つばめ翻訳~

個人事業者つばめ翻訳。翻訳をめぐるあれこれを書いたり、海外記事を翻訳したりしています。

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1850年ごろのおしゃれなショップバッグ

ブログ翻訳015
久しぶりのブログ翻訳。
前回から引き続き、
アメリカのヒストリカル小説作家イザベラ・ブラッドフォードさんの記事です。

1枚の紙袋から
商人の心意気や貴族のお屋敷の持つマーケティング力が垣間見えます。

1850年ごろのおしゃれなショップバッグ
 by イザベラ・ブラッドフォード
twonerdyhistorygirls.blogspot.com
2013年10月17日(木)

イザベラがお伝えします。

ショップ(店)というものは古代のころから存在していましたが、「ショッピング」という言葉が動詞になり、購入される商品と同等の重要性を帯びた活動となったのは18世紀後半になってからのことでした。

産業革命はより一層多くの商品を生み出しただけではなく、消費するためのお金を持った買い物客が大勢いる中流階級も生み出しました。印刷技術の発達も、商店主が自分の店の商品を宣伝するためのより斬新な方法をもたらしました。19世紀の中ごろまでに、才に長けた商人たちが自分の店の名前と住所を印字した紙袋を提供し始めました。いわば歩く広告のようなこの袋は、今も地方のショッピングモールで現代の買い物客に人気があります。

1850s shopping bag

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ヴィクトリア女王の手稿日記公開

ブログ翻訳011
久しぶりのプログ翻訳。
今回は現在公開中の展覧会で見られるというヴィクトリア女王の日記について、BBCの記事です。


ヴィクトリア女王の日記 ウィンザー城で公開
BBC NEWS

当時公女であったヴィクトリアが母ケント公妃から初めての日記帳を贈られたのは1832年8月、13歳のヴィクトリアが英国内の視察旅行に出発する直前のことだった。

生涯にわたり消えることのなかった書くことへの情熱の火が、このとき灯されたのだった。
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19世紀の女性誌「ラ・ベル・アッサンブレ」

ブログ翻訳010
レイチェルさんから預かっていた記事、最後の4本目です。
19世紀はじめに英国で出版されていた雑誌「ラ・ベル・アッサンブレ」のまとめです。
Googleブックスで創刊号の誌面を実際に確認しながら訳すことができ、
とてもおもしろかったです
200年前の英国の雑誌を読むことができるなんて~!

ラ・ベル・アッサンブレ
レイチェル・ノールズ
1_Front cover of La Belle Assemblee Feb 1806
「ラ・ベル・アッサンブレ」の扉(1806年)
(訳注:「ラ・ベル・アッサンブレ」は「美しい社交界」の意)


唯一無比の雑誌
『ラ・ベル・アッサンブレ――ベルがレディに贈る 宮廷社交とおしゃれの雑誌』はレディ向け月刊誌で、1806年2月に誕生した。このタイトルでしばらく発行された後、1832年に『宮廷社交のための読み物とベル・アッサンブレ』に変わり、その後『レディのための読み物と美術』と合併した。
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ロイヤルベビーの名付け

ブログ翻訳006
またまたロイヤルベビーの内容ですが、
名前をめぐるものとしてはちょっと変わったおもしろい記事なので紹介します

筆者のレイチェルさんは摂政(リージェンシー)時代の専門家。
「ジョージ王朝時代の人ならどんな名前をつけるか?」という
他の人とは違った視点で記事を書いています。

この記事がアップされたのはベビーが誕生した7月22日当日
ジョージ王子の名前が発表されたのは7月25日。
名前の由来の記事にもあったように、
誕生前からベビーの名前が何になるのか英国中が注目していました。
赤ちゃんの名前をめぐり、摂政時代にも狂騒が巻き起こっていたようです


ロイヤルベビーの名付け
――ジョージ王朝の三人の王族からのアドバイス

by レイチェル・ノールズ

ロイヤルベビーに名前をつける責任は重大だ。ほかの親なら自分たちの好きな名前をなんでもつけられるが、ウィリアムとケイトは未来の君主にふさわしい、王室の承認を得られる名前を選ばなくてはならない。

では、ジョージ王朝の王族ならウィリアムとケイトにどんなアドバイスを送るだろうか?

ジョージ三世の9人の息子
ジョージ三世とシャーロット王妃には15人の子どもがいた。最初の子は難産の末、1762年8月12日「7時24分過ぎに」生まれた。御衣裳係官のハンティンドン卿が、王妃の副侍従よりも先に、王妃が女の子を出産したと王に報告した。

王は、王妃が無事であるなら「子の性別が少々気にかかるな」と返した。王がそう考えたのはかえってよかった。実際に王妃が産んだのは『丈夫で大きな美しい男の子』だったからだ! このあかんぼうは、父親と父方の祖父母・オーガスタとフレデリックの名をとってジョージ・オーガスタス・フレデリックと名付けられた。父親の逝去後、彼はジョージ四世となる。

ジョージ三世のほかの息子の名は、フレデリック、ウィリアム・ヘンリー、エドワード・オーガスタス、アーネスト・オーガスタス、オーガスタス・フレデリック、アドルファス・フレデリック、オクタヴィウス、アルフレッドだった。言うまでもなく、ジョージ三世はオーガスタスという名前を非常に気に入っていた。
Queen Charlotte from Memoirs by John Watkins 1819-greyscale
シャーロット王妃
(ジョン・ワトキンス 
『英国王妃ソフィア・シャーロット陛下の思い出』(1819)より)

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ロイヤルベビーの名前の由来

ブログ翻訳004
今回はBBCのウェブサイトよりニュース記事を訳しました。
またまた名前つながりです

翻訳するにあたってBBCの窓口に可否を問い合わせたところ、
「非営利のブログなら、記事を訳して載せるのはOK。
ただし画像はBBCが著作権を持っていないものが多いので、転載NG」
という回答がありました。

BBCの記事はおもしろくて読み応えのあるものが多いので、
OKをもらえてうれしいです


ロイヤルベビー なぜジョージ・アレクサンダー・ルイスに?
by Finlo Rohrer 2013/7/24
元記事:BBCニュースマガジン Royal baby: Why George Alexander Louis?

ケンブリッジ公爵夫妻ことウィリアム王子とキャサリン妃の第一子は、ジョージ・アレクサンダー・ルイスと名付けられた。さて、この名前の由来は?

「賭け屋にはずれなし」という古い格言の勝ちといってもいいだろう。ジョージは一時男の子の名前の大本命で、オッズは下がり続けて3.0倍になった。アレクサンダーとルイスのふたつもいい勝負だった。

ひねくれ者は、男の子だとわかる前はアレクサンドラ(エリザベス女王のミドルネームのひとつ)が本命だったことを指摘するかもしれない。

この三つのうち、三番目の名前の縁故がもっともはっきりしている。ルイスと聞いてまっ先に思い浮かぶのは、フィリップ殿下の叔父ルイス・マウントバッテンだ。最後のインド総督だった彼は、カトリック過激派アイルランド共和軍(IRA)が彼のヨットに仕掛けた爆弾に命を奪われた。
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