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つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

「本当に好きなものを楽しんでいいよ!」と伝えてくれた本

ふだんあまりコミックは手に取らないのですが、書籍化する前から連載を読んでいて、数年ぶりに単行本も購入した作品があります。ゆづか正成先生の『騎士譚は城壁の中に花ひらく』という作品です。
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※画像は版元様公式サイトよりお借りしました。

騎士見習いとしてクラウストラ城にやってきたロサ。下働きをするロサの目を通し、城塞都市での日常生活が綴られます。

Twitterでフォローしている、中世ヨーロッパの民俗文化を研究して当時の料理の再現などもされている方が「中世ヨーロッパの民俗習慣に関する描写がいい」と紹介してくださっていて、この作品と出会うことができました。その方の言葉通り、城の構造(トイレから厨房まで!)、文具、ロウソク、染め物、食事の支度、灯り、ガラス、蜂蜜にパン……といった、当時の人々の生活に関する情報がふんだんに盛り込まれていて、隅々まで読み応えがあります。描かれている情報がどれほど史実に基づいているかを判断できるほど、私は中世ヨーロッパ社会に明るくないのですが、ゆづか先生はきっと数多くの資料を丹念に読み込んで、信頼のおける情報を誌面に登場させているのではないかと感じます。歴史に関する知的好奇心を満たしてくれる作品です。

1巻のあとがきで、ゆづか先生は「『騎士が主人公なのにバトルなしの日常漫画』というのがイメージされづらかったのか、この企画が日の目を見るまで紆余曲折あった」と書かれていますが、私は『騎士が主人公なのにバトルなし』だからこそ、この作品をお勧めしたい!!!のです。

本ブログのタイトルが示している通り歴史物が好きなのですが、世界史の教科書で取り上げられるような主だったエピソード(政治家や王族が行った大きな決断など)よりも、一般の人々の生活ぶりが垣間見えるような作品に特に惹かれます。『騎士譚~』では、戦いのはざまの一時的な平和な期間であることが示唆されつつも、騎士が主人公でありながら戦争を前面に出さず、血が(ほとんど)流れず、さらに恋愛もストーリーを進める主動力にしていません。だからこそ、『騎士譚~』は純粋に人々の生活ぶりを楽しめる貴重な作品です。戦いや恋愛のような「ドラマ」を題材とせずにストーリーを展開させて読者をひきつけるのは、とても難しいことだと思います。しかしながら、『騎士譚~』は日々の細かな側面と人々の思いを細やかに描写することでひとつの作品を作り上げています。

昔は便利な家電もなく、度重なる戦争があり、一方で階級やジェンダーによるしがらみは強く、ファンタジー作品などで描かれるような楽しく美しいことばかりでなかったことは理解しています。歴史好きが感じる過去に対する愛慕は、しょせん表層的なものだとも思います。それでも、過酷な時代を生きていた人々が、普段どのようなものを使い、目にして、日々の辛さをなぐさめていたか、前に進む力を取り戻していたかをのぞき見ることは、私にとってやすらぎを感じる楽しみです。

「歴史物が好き」というのは過去の現実を見ていないのではないか、という後ろめたさは、私のどこかに常にあり、その裏返しで硬派なフィクションや学術書などを中心にこれまでは手に取ってきました。それらを見たり読んだりすることも味わい深く、楽しさも多々あり、おまけに知識もついてやりがいがあることですが、自分にとってのツボの周縁に位置しているものでまぎらわせていた部分がありました。純粋に歴史を趣味として、楽しめるコンテンツとして享受することに、なぜかためらいがあったのです。浅はかな頑なさかもしれませんが。

『騎士譚は城壁の中に花ひらく』は、本当に好きなものに手を伸ばすように私の背中を押してくれた作品でした。フィクションではありますが、昔の一時代が美しい漫画で表現され、史実に基づいた小道具が魅力的に散りばめられています。コンテンツとしての歴史の楽しみ方を改めて教えてくれた1冊です。連載を拝読しているうちに、それでいいんだ、となんとなく思え、単行本を注文するに至りました。

さて、この作品、ゆづか先生は「好きな人に届くとうれしい」とよくおっしゃっているのですが、岩波少年文庫などの海外の児童文学を楽しんでいる年齢の子どもたちにも届くといいなあと個人的に思っています。児童文学を通して海外の暮らしぶりや古い時代に興味を持ち、あれこれと想像をはばたかせている子どもたちなら、『騎士譚~』は自分が思い描いていたものを具現化して目の前に差し出してくれるように感じるでしょうし、きっとワクワク楽しめるだろうな、と思います。

『騎士譚~』が連載されているWEBコミックの媒体が少し年齢層高めというか、率直に言って露出度がかなり高い作品も他に多いようだということと、主人公ロサのジェンダーの描き方がこの後どうなっていくかが1・2巻では未知だったので、今までは子どもたちに勧めて大丈夫な作品かどうか見守っていた部分がありました。でも、最近掲載されたエピソードを拝読して、ここから子どもたちも安心して読める方向に進んでいくのではないかと私には思えました。WEBコミックがもう少し上の年齢層を想定されている(であろう)分、小学生くらいの子どもたちにはまだ『騎士譚~』は認知されていないのでは?と思います。ビジネス的な表現になってしまいますが、その世代は『騎士譚~』にとって新しい販路になる可能性もあるのではないか、と思っています。

…実は、『騎士譚~』は次の単行本3巻で終わりになると、先日ゆづか先生よりお知らせがありました。でも、まだまだロサの成長とクラウストラの暮らしが見たい!!ロサのアイデンティティに深く根ざしている重要なエピソードがまだ描かれていないように思いますし、こんなに中世を楽しませてくれる誠実な作品が3巻で終わりになるなんて、本当にもったいないと思います。ゆづか先生ご自身も、『騎士譚~』の関連作が描きたい、もっといえば、どこかの出版社が『騎士譚~』を拾ってくれないか、ともおっしゃっています。ロサたちの物語が今後もどこかで読めるといいな、と心から願っています。

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