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つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

JATセッション「わたしが訳した本」

JAT(日本翻訳者協会)のGlobal PROJECT 2022で、出版翻訳分科会のみなさんによるセッション「わたしが訳した本」を拝聴しました。子どものいる週末の開催だったので直前まで申し込むか迷っていましたが、1時間半とコンパクトだったので時間調整でき、非会員でも1000円/セッションという良心的な価格設定で提供してくださったおかげで、思いきって申し込むことができました。

・出版翻訳に挑戦するまでの経緯
・1冊目のお仕事を獲得したときのこと
・実務翻訳との両立
・翻訳以外の仕事・子育てとの両立
・編集者さんとのやりとり
・SNSとの向き合い方
・今後訳したいもの
といったお話を、4人の出版翻訳者のみなさんからうかがいました。

今回お話をしてくださったみなさんはすでに何冊もお訳書のある方々ばかりで、ピリリと刺激でいっぱいの講義を聞きにうかがうような気持ちで、参加前は緊張感もありました。ですが、「どんなにがんばっても両立しきれないときもある」、「あまりきゅうきゅうにしすぎないほうがいい」、「今の社会問題を知らせるような本を今後訳したい」、「さらにその先の、事実を知った後に希望を持てるような内容の本を訳したい」といったお話をうかがううちに、ちょうど今自分が感じていた不安――前回の記事に書いたような自分とわが家の持続可能性、今起きている戦争のこと、今後の仕事の展望――を受け止めていただいたように思い、セッションから退出するときにはたくさんの応援をいただいたような気持ちになっていました。

細々とした糸が切れないように、少しずつでも持続的に。自分の満足感を大切に、できる範囲で実務翻訳の仕事と文芸翻訳の勉強を続けながら、また前進していこうと思えました。ありがとうございました。


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鳥ってほんとにすばらしい。

自分の気持ちを落ち着けたいとき、特にこのごろはSNSで野鳥の画像や情報を眺めています。
 
開業時には、野鳥好きが高じて個人事業の屋号を「つばめ翻訳」にしました。野鳥たちの進化の意志を感じさせる多様な姿は、いくら眺めていても飽きません。愛らしい鳴禽類にも、迫力ある猛禽類にも魅力を感じます。……と落ち着いた口調にしようとしていますが、本当は野鳥たちの画像や写実的なイラストを眺めているだけでにやにやしてしまうくらい大好きです。
 
子どものころから鳥に親しみを覚えていましたが、ここのところは図鑑をゆっくりめくる暇もなく、野鳥に向き合うことができていませんでした。そんな折、野鳥の魅力を再発見したきっかけは、羊土社の『鳥になるのはどんな感じ?』という本と、3月のはじめに起きた戦争でした。
 
今の戦争が起きてから、意識して選択しなくても不穏な情報が不意に目に飛び込んでくることが増え、不安な気持ちが強くなりました。テレビや新聞はもちろん、メディアや社会派以外のSNSアカウントからも、戦争に対する悲しさや不安や憤り、国や社会に対する意見、現地での惨状などが流れてくるようになり、SNSを見るのがつらくなった時期がありました。そんなときに、昨年末に購入していた『鳥になるのは~』を読み返し、鳥たちの姿を眺めたり解説を読んだりしているうちに、心が落ち着いていくのを感じました。
 
それからSNSに鳥関連のアカウントだけを集めたリストを作り、戦争の情報をほとんど目にしなくて済む場を作りました。以前からほしいと思っていた野鳥の写真集や鳥類学の書籍も意識して買い集め、手元のコレクションを充実させました。これほど野鳥の情報ときちんと触れ合ったのは、大人になってからはおそらく初めてのことです。自分の中で、子どものころに絵本や図鑑で眺めていた情報と今この年齢で新たに知った情報がつながりつつあり、自分の好きなものの知識が体系的に積み上がっていく楽しさを感じています。
 
 
今年になってから、こんな鳥関連の本を読んで(買って積読にして)います。
ブクログの機能を活用し、書影が表示されるよう修正しました。タイトルをクリックするとAmazonにとびますが、アフィリエイトではありません。2022/6/15)
 
原著者がユーモラスに語る鳥の魅力をなめらかな翻訳で楽しめます。鳥のイラストが大きくきれいで見ごたえがあります。近ごろ、鳥類学の世界で八面六臂の活躍をされている川上和人先生の一言解説つき。著者、翻訳者、解説者、出版社の野鳥への愛情を感じます。
 
見た目や習性が独特な鳥たちを集めた1冊。グロテスクさと紙一重の特徴的な鳥の姿(肉垂とか)に半ばおののきながらもたまらない魅力を感じます。そのポイントが筆者と近く、私にとってはとてもツボにはまった本でした。
 
「どでか図鑑」とある通り、巨大な写真が売りでしたが、紙版だとせっかくの写真がノド(本の真ん中)で割れていたり、ピントがボケたりしていることが多く、もったいないと思いました(ただ、現在紙版は入手しづらいようで、古書は定価以上の価格がついているものが多いです)。
 
小型・中型の繊細な見た目の鳥たちが集められた1冊。こちらは写真の品質がすばらしく、羽弁が見えるほど目を近づるのも、遠ざけて鳥の全体像を眺めるのも、どちらも楽しめます。
 
『変な鳥 ヤバい鳥』に比べるとそれほどヘンテコな鳥は含まれていません。ちょっとクセのある鳥たちの風貌・習性や、いまいちな和名をつけた鳥類学者などに、川上先生がツッコミを入れています。
 
ちょうどツミ特集だったので即買い。わが家の近所では日常的に見られる猛禽類はトビくらいなので、ツミが見られたらと思うと興奮していまいます。積読。
 
言わずと知れた、川上先生のご著書。ずいぶん前に本作の存在を知っていましたが、鳥好きとしては鳥類学者には鳥が好きでいてほしかったので、なかなか手に取れずにいました。しかし、実際に読んでみると、野生の鳥の生態を研究する地道さ・汚さ・大変さが描かれているものの、それでも研究を続けるほど川上先生はやはり鳥がとてもお好きなのだと感じました。
 
日本鳥学会の100年の歩みをまとめた1冊。積読。

だれもが一度は感じたことのあるこの疑問を鳥類学者が解説。仮説の立て方→実証→さらなる仮説→実証を繰り返して事実を突き止めていく、研究者の取り組み方を垣間見ることができます。
 
英国の作家R. A. Hutchinsさんが自費出版した、お菓子作りとインコをテーマにしたコージー・ミステリ。表紙にも描かれているインコが謎解きに参加するのかしないのか、どうかかわってくるのか、楽しみ。積読。

日本人に身近な鳥のひみつがテーマ。4コマ漫画と川上先生の解説が交互に進みます。
    
驚くような鳥の能力を紹介している本。積読。

ある翻訳本で鳥の和名が気になって、「文学に出てくる野鳥に関する本ってあるのかな?」と思ったらまさにそんな本がありました。英米日の(主に古典)文学作品にどの野鳥がどんなふうに出てくるか、当時のその国の人々(社会)がその種をどのようにとらえていたかがまとめられています。

 
まだ読み始めたばかりですが、語学辞典や教科書も数多く出している大修館書店の書籍なので、文学部の授業を受けているような濃厚な内容です。初版発行は1981年。著者の方々はみなさんもともと野鳥に興味があり(野鳥の会会員の方もいらっしゃるほど)、大学で文学を教える立場になってから本作品を共同執筆することになったようです。前述の『鳥学の100年』と合わせて読むとおもしろそう。
 
色々な鳥の本を楽しみながら、少しずつ鳥類学等に関する語彙を吸収して、今後の仕事に役立てていきたいと思っています。
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結婚後の言葉遣い(ヒストリカルの場合)

今年は私にしては珍しく、NHKの大河ドラマを見ています。疲れがたまっていた昨年末、三谷幸喜さんの作品のおかげで気分転換ができたので、今年は1年間お供することにしました。大河ドラマを録画してまで見るのは今年が初めてかもしれません。

(*この後少し大河のネタバレがあります)
さて、これまで見た回では、主人公・義時が長年思いを寄せていた女性・八重と、頼朝の弟が義時の妹と夫婦になったのですが、それまでずっと相手の女性に対して敬語で通していた男性たちがどちらも婚姻後は敬語を使わなくなったことに気がつきました。対して女性たちのほうは変わらず夫に対し敬語を使っています。義時と八重でいうと、北条家の当主は伊東家の当主の娘婿という関係にあり、さらに北条家は伊東家よりも兵力がずっと少なかったそうで、特にドラマ開始当初は、北条家の面々は伊東家側に頭が上がらない、という印象でした。そのため、義時と夫婦になる前は八重のほうが圧倒的に立場が上であるように見えていましたが(義時にほれた弱みもあったから?)、結婚を境に義時が敬語を使わなくなったことで二人の関係性が逆転したように思われました。結婚によって八重が北条の家に入り、家の格としては同じになったということでそういう描写になったのではないかと思いますが、気の強い凛とした八重がすてきだったこともあり、結婚した途端に義時に仕えるような雰囲気になってしまって少しもったいないような気持ちもしました。

この点が印象に残ったのは、昨年度受講していた文芸翻訳講座の課題作品に、階級の異なる二人が思いを通じ合わせる場面があり、そのときに敬語をどう扱おうかなと迷ったためでした。女性主人公は上流階級の一員であるのに対し、男性主人公はその女性に雇われている立場だったので、先生も私たち受講生の多くも、二人の思いが通じ合う以前の部分では男性は敬語を使って話しているものとして訳していました。二人が恋仲になったあとは男性の敬語をどうするか? という点は、疑問のひとつとして私の中に残りました(授業では後半部分を扱わなかったため)。自分が訳すとしたらと考えると、恋人同士になったら男性に敬語を使わせずに二人を対等な言葉で会話させるほうが親密感が増し、しっくりくるような気がしました。一方で、急に男性の敬語をなくすことで男性が女性の上に立ったような雰囲気が生まれてしまうのではないかとも考えました。その男性のキャラクター設定からいっても、恋人同士になったからといって敬語をすっぱり使わなくなるとは限らないようにも思われました。

大河ドラマを含め、ヒストリカルフィクションでは洋の東西を問わず、夫婦や恋人になると男性が敬語なし、女性が敬語ありで話すようになることが多いように思います。結婚すると*主導権を握った夫に妻がついていくことをよしとする当時の空気感や、結婚によって女性が男性の所有物になったこと、男性が女性を庇護あるいは支配する立場になったことなどを暗示するのに有効な小道具として敬語が機能しているようにも思われます。

役割語と同様に、敬語は使い方によって登場人物の人間関係を如実に表すことができるものです。物語の雰囲気も変わります。しかし、古い時代を舞台にした作品だからといって、結婚した女性キャラクターは敬語で、男性キャラクターは敬語なしで話す方が本当にいいのか。実際のところ、当時の女性は夫や恋人に対してそれほど敬語を使っていたのか。これからヒストリカル作品を訳す際は、その辺りのことも考えたり調べたりしたうえで言葉遣いを決めていくと、読者がより共感できる作品になる可能性もあるように思います。

(*投稿前にJust Right!にかけましたら、下から2段落目の「夫が主導権を握り妻がついていく」という部分を「夫唱婦随」と書いていたところ、不快用語と指摘され、「男性優位社会の差別・偏見を生む表現は使わない」というメッセージが表示されました。その考え方を推奨するのではなく、過去にそれがよしとされた時代も実在したのでは? という文脈で使うなら問題ないのではと思いましたが、一応言い換え、こちらにその旨追記いたしました。)

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文芸翻訳修行 その2

この春から、新しい文芸翻訳の講座に参加しています。

昨年と違うクラスに申し込むかどうかは、期限ぎりぎりまで迷いました。これまで受けていた講座には、すでに出版翻訳のプロとしてご活躍されている方が何名もいらっしゃり、先生の解説だけでなく、他の方々の訳文と自分のものと比較するのも大変勉強になりました。一方で、今の自分ではこの講座のレベルを十分消化できていないのではと感じるときがあったため、悩んだすえに今期は他の講座にチャレンジすることにしました。

とはいえ、新しい講座はレベルを下げたというわけではなく、これまでの講座と同じく、プロの作家が書いた作品を訳す難しさを存分に味わっています。

昨季の半年間、文芸翻訳の講座をオンラインながら対面式で受け、毎月課題を提出して先生のコメントをいただくことで、自分の訳し方が変わったことを実感しています。それは例えば、訳語の選び方や、原文からの離れ具合です。「やはり自分はまだまだ甘かった」と反省する日もありましたし、「これでよかったんだ」と思える日もありました。このようにプロの方の反応を見ながら自分の訳文のよしあしを定期的に見直すことができるのは、対面式の連続講座ならではのメリットであり、やりがいであると思います。自分の訳文の仕上がりを客観的に観察し、今後の指針を考える機会になりました。もちろん、どんな反応をいただくかとても緊張しますが、普段の実務翻訳の仕事ではなかなかフィードバックをいただく機会もないため、受講できて本当によかったです。しばらくほかの場で研鑽を積んだうえで、またこちらの教室を受講する機会をねらっていきたいと考えています。

今回新たなクラスに申し込んだことで、翻訳の授業の進め方は先生(教室)によって千差万別だということが肌で分かりました。一方で、両講座の共通点として感じているのは、プロの翻訳家(翻訳者)はなぜそう訳したかを具体的に説明できるということです。特に文芸作品ですと、感性やニュアンスといったもので文章が生まれているように思いがちですが、実際には「ここにこの単語があるから」、「文法のこの事項が当てはまるから」、「文脈がこうだから」という風に、明確な根拠をもって言葉選びをされています。実務翻訳の先輩方からも「根拠をしっかり説明できるように」というお話をいろいろな場面でうかがいますが、文芸翻訳の場でも同じように思考して訳されていることをあらためて知りました。普段のコミュニケーションの中ではふわふわと漂いすーっと流れていってしまうときもある「言葉」というものを、翻訳するときはここまで意識し、まるで実体のあるもののように扱っているのですよね、翻訳者は。

現在はオンライン授業が増えているため、通常は都内まで行かないと受講できないような教室に参加できるのはとてもありがたいです。先生方や各校のみなさんのお手間は増えているのかもしれませんが、コロナ収束後もオンラインと教室での受講を並行して継続していただけるといいなと思っています。

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