fc2ブログ

つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

最近読んだ本:『楽園のカンヴァス』

原田マハさんの『楽園のカンヴァス 』を読みました。原田さんのペンネームがゴヤの《裸のマハ》に由来していると聞いたことはありましたが、どのような作品を書かれているのかは詳しくは知りませんでした。冒頭を読んでみるとあっという間に引き込まれ、子どもが家にいる土日にも家事のついでにこっそり別室に行って読みふけりました。

読み始めたときは、静謐な地方都市の美術館を舞台に、監視官として働く女性とその娘の小さな世界が語られていくのかと思っていましたが、あるページを境に物語は一変します。海を越えて、時を越えて、ルソーの作品《夢》を中心に複数の人生がつながっていきます。

《夢》はどこかで見たことがありましたが、ルソーのことは詳しく知りませんでした。「素朴派」と呼ばれる彼の作品は、ルネサンス絵画のようなバランスの取れた美とは真逆に位置しているような印象を受けます。私のような美術の素人からすると、わかりにくい作風であるような気もします。『楽園のカンヴァス』は、そんな作品を残したルソーの生き方があってこその物語で、ほかの画家が題材であったなら、こういう本は書かれなかったのではないかと思います。

この本を読みながら、以前見た映画『ミッドナイト・イン・パリ』が度々頭に思い浮かびました。

この作品は、ルソーが生きた時代より10年ちょっと遅い1920年代が舞台ですが、ピカソを中心に芸術家たちが集まる様子は『楽園のカンヴァス 』と共通しています。ピカソの触るとビリっと感電しそうなエネルギーの対極にいた人物であったらしいルソー。ピカソがルソーに注目していなかったら、今ごろルソーの作品はどうなっていただろうかと考えます。歴史のなかに埋もれていたでしょうか。

『楽園のカンヴァス』は美術界を舞台にしたサスペンスでもあり、爽快なスピード感もあって、読書の楽しさを味わいました。サスペンスといっても、他人の手によって人が亡くなる場面はありません。フィクションもノンフィクションも、読んだり見たりするのは好きなのですが、登場人物の感情に共感してストーリーに没入するあまりエネルギーを吸い取られてしまうことが多いので、本作のように死や肉体的な痛みと距離を置いて謎解きを追える作品は私にとって貴重です。余計なことを考えずに楽しむことができ、読み終わるとエネルギーが体内・脳内に蓄えられたような気がしました。「いい本を読んだなあ」と、楽しさをかみしめた1冊でした。

読んでくださってありがとうございました。
読んだよ代わりにポチッといただけるとうれしいです。
にほんブログ村 英語ブログ 英語 通訳・翻訳へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



PageTop

最近読んだ本:『黒革の手帖』

引き続き、松本清張作品の『黒革の手帖』を読みました。

ドラマは見ていなかったのに、米倉涼子さん、武井咲さん主演で映像化された印象がとても強く、読みながら女優さんの華やかなお姿がずっと頭に浮かんでいました。が、原作の主人公・元子は美貌には恵まれていないという設定です。この点に忠実に主役がキャスティングされていたら、ドラマから受ける印象ももっと違うものになっていたのではないかと想像します。

舞台となった銀座のバー(松本氏は一貫して「バア」と表記)に関する描写が緻密で、家賃、人件費や商品の仕入れにかかる金額の見積もりや、オープンまでの流れ、従業員とのやりとり、他の店との攻防などが繰り返し描かれています。著者の松本氏はさぞバーに通い詰めていたのだろうと思いきや、没後30年を記念して先日NHKで放送された特集番組「わがこころの松本清張」によると、松本氏は普段からバーに通っていたわけではなく、(この作品のためであったかは失念しましたが)執筆のために編集者を伴って店に取材に行き、そのとき見聞きしたことをもとに作品を書いていたそうです。しかも、バーを訪問した際はママやホステスの方たちの目の前でメモを取ることはなく、話の内容、目にしたことをすべて記憶して、のちに文字に起こし、作品に生かしていたのだとか。海外に取材に行ったときも同じで、訪問先に到着して目にしたものの位置、色、姿などをまるで自身がスマホのカメラになったように事細かに記憶して、あとでそれをメモに起こしていたそうです。今、続けて読んでいる松本氏のエッセイ集『グルノーブルの吹奏』(現在は入手しづらいようです)にも、ヨーロッパの街を訪れたときの日記が収録されていますが、迎えに出た人が身に着けているものや顔かたち、部屋の調度品の様子なども細かく描写されていて、こういった情報もその場では文字にせず頭にたたき込んでおられていたのかと思うと驚嘆するばかりです。

[以下、ネタバレを含みます。]
さて、『黒革の手帖』、何度も映像化されていますし、ドラマや原作をすでにご存じの方も多いと思いますが、いやはや、怖い作品でした。以前読んだ『葦の浮船』では悪人がほぼ罰せられることなく逃げ切っていましたが、今回は……。しかも、それが警察によって逮捕されて起訴・裁判・実刑となるのではなく、私刑といいますか、個人たちによって復讐が果たされるため、なおのこと奇妙な後味が残りました。そもそもの発端から主人公は決してほめられないことをしているため、読者としてはまっすぐな同情は寄せにくいものの、主人公が金づるにしようと企む相手にもそれぞれ後ろ暗いところがあり、「あんたたちに復讐する権利はないだろう」と言いたくなるような輩たちです。そのため、「悪いことをしても結局痛い目に遭う」という単純な結論を訴える作品でもありません。しかし、個人的には、主人公も悪女だけれど、それ以上の魑魅魍魎たちに頭脳戦で打ち勝つ姿が見たかったな……とも思いました。

犯人や動機が明らかになる推理小説や、悪者が滅びる勧善懲悪の筋書きなどとは違い、犯罪そのものや人間の黒い部分を読者に徹底的に味わわせるのが清張作品の特徴なのかもしれません。

ところで、先日来、松本清張作品について書いてきましたが、松本氏の敬称をどのようにするのがいいのか、ずっと迷っていました。敬称をつけると、逆に松本氏の作家としての偉大さに傷をつけるような感覚もある一方、呼び捨てにするのもなんだかためらいを感じます。この点を調べていて、手元にもある共同通信社の「記者ハンドブック 新聞用字用語集」は、「人名、年齢の書き方」の項で「敬称をつけない場合」に「歴史上の人物(歴史上の人物として定着したかどうかは没後30年をめどとする)。」を含めていることがわかりました。松本氏は、今年ちょうど没後30年。歴史上の人物として、書き言葉では敬称をつけないのが原則となるようです。この点のほかに、フルネームにしない場合は「清張」と呼ぶほうがいいのか、敬称をつけないのなら松本氏の動作を表すときに尊敬語も使わなくてもいいのだろうか、など、いざ書いてみるとわかっていないところが色々とありました。

読んでくださってありがとうございました。
読んだよ代わりにポチッといただけるとうれしいです。
にほんブログ村 英語ブログ 英語 通訳・翻訳へ
にほんブログ村

PageTop

最近読んだ本:『風紋』

引き続き、松本清張の作品を読んでいます。

社史編纂室の社員が主人公とのことで、営業第一線で活躍している社員とはまた違う視点からの語りが楽しめそうだなと思い、選びました。

[以下、若干のネタバレを含みます〕
社史という名目で、実はワンマン社長の立身伝を作成するよう指示を受けた社史編纂室の社員。その取材の過程で、社の上層部や新製品の隠れた事実を知ってしまいます。

が、この主人公は最初から最後までどこか他人事というか、自分の属する組織のあれこれを野次馬的な立場で個人的に日記に記すばかりで、悪行を暴いたり不正義に憤ったりする役割でも、かといって冷静沈着な観察者というわけでもなく、若干消化不良のような感覚が残りました。1981年発行の文庫本(上記リンク先とは異なる版)の裏表紙には、「予期せぬ破綻」、「食品業界の内幕とマスコミの魔力!」といった文言が散りばめられていましたが、主人公のぼんやりした存在感のせいもあってか、スリリングな展開とは感じませんでした。茫洋としているのにたまに眼光が鋭くなる主人公の上司が、最後にどんな役割を演じるのかと期待していましたが、彼の活躍もふんわりとした後日談でしかうかがうことができませんでした。

これまで清張作品を読んできた範囲で感じるのは、筆者は説明が丁寧だということです。登場人物の来歴、組織のあり方、商品の説明といった、作品内の設定をときほぐして解説する場面がよく登場します。それらの多くが伏線になっていきますが、不安や期待をむやみに煽ることなくストーリーは淡々と進み、その先で「あのとき説明されたことがここでこうなるのか」と納得しながら読み進めていけるように思います。読者を迷子にしないというか、大衆を楽しませることを念頭に置いた書かれ方なのかもしれません。

ここしばらく子どもが体調を崩していて、家でみながら清張作品を読んでいます。この『風紋』を読む前には、『黒革の手帖』の上巻をスマホに入れたkindleで読みました。熱のある子どもを片手で抱えつつも読書ができるのはありがたいことです。子どもの体調への不安がまぎれたり、密室に近い環境で子どもをみている閉塞感を一瞬忘れたりできます。

子どもが入園する前の夏、昼寝をさせているときに腕枕をしながら、山崎豊子さんを読んでいたことも思い出しました。行き詰まり感を覚えている時期、どろどろの重厚感に手を伸ばしたくなるような気がします。

読んでくださってありがとうございました。
読んだよ代わりにポチッといただけるとうれしいです。
にほんブログ村 英語ブログ 英語 通訳・翻訳へ
にほんブログ村

PageTop