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つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

最近読んだ本:『第三の女』/『Third Girl』

原書&訳書の読み比べをしていた、アガサ・クリスティの『第三の女』/『Third Girl』を読み終えました。

HarperCollins Publishers Ltd
発売日 : 2015-09-24

最初は、1日に原書の黙読15分・音読5分→該当ページを訳書で黙読(10分くらい)のペースでキチキチ進めていましたが、物語が佳境に入ってくると原書を読むのをなかなか止められなくなりました。物語の力が、英語を読む量と時間を増やしてくれました。

名探偵ポワロシリーズのひとつです。本作を読み始めるまえはきちんとドラマ版を見たことがなかったにもかかわらず、原書を読んでいるだけでポワロ演じるデビッド・スーシェ氏の動きと吹き替えの熊倉一雄さんの声が脳裏に浮かんできました。スーシェ氏はポワロを演じるにあたりかなり原作を研究したそうですが、今回ポワロの物語をじっくり読んで、スーシェ氏の演技にその研究が生きていたことを実感しました。同時に、日本語でポワロ(スーシェ氏)の独特な魅力を十二分に伝える熊倉さんの声の演技も、あらためてすばらしいと感じました。本作を読んでいるあいだにすっかりポワロが好きになってしまい、NHKで放送されているのを録画して見ています。数週間前には一晩で一挙15作ほど放送された日もあり、まるでポワロ祭りのようでした。さらに、近々『ポワロと私:デビッド・スーシェ自伝』なる書籍も原書房から出版されるそうで、大いに楽しみです。 

これまでは、クリスティというとなんとなく1930年ごろのイメージを持っていました。自動車が走っているけれど馬車も共存していて、お屋敷にはメイドや執事がいて、女性は長いスカートをはいてあまり肌を見せない時代。ちょうど『ダウントン・アビー』のシーズン1で描かれていた社会でポワロが活躍しているイメージでした。が、本作の舞台は1960年代。髪を伸ばし、ヒッピー風の格好をして芸術に情熱を燃やす若者や、外に働きに出たり、男友達と外泊したりする資産家の娘が登場します。これまで私の頭のなかで古色蒼然としていたクリスティ作品の世界が急にカラフルな原色をまとい、ポワロやクリスティが自分ととても近い時代にいたような感覚を覚えました。若者たちの言動に翻弄され、これまでの常識が通じないと困惑するポワロたちもゆかいでした。

今回は訳書との読み比べをするにあたり、小尾芙佐さんの文章が読みたいと思って『第三の女』を選びました。原書を読んでいても筋は終えているし、読むのを止めたくないと思うほどおもしろいと感じているのに、小尾さんの訳書を読むとクリスティの世界が何倍にも濃く深く広がりました。原書では白黒の棒1本で描かれている絵が、訳書ではフルカラーの立体的な映像になって立ち上ってくる感じ。クリスティの文章だって当然フルカラーの映像が浮かぶように書かれているのに、私が読むと平たんな画面になってしまう。自分の英語の読解力がまだまだだと痛感します。一方で、小尾さんの筆力があるからこそ、登場人物たちがはつらつとしたエネルギーを持ったように感じた場面もたくさんありました。

例えば、ポワロの相棒・オリヴァ夫人が聞き込み(のまね事)をしに行ったときに、話を聞いた清掃係の女性のセリフ。

And they're ever so expensive, these flats. You wouldn't believe the rents they ask! (P74)

原書ではこう書かれているのが、小尾さんの手にかかるとこのように。

それにここの部屋代ときたらべらぼうなのよ。あの連中が吹っかける部屋代っていったら目の玉がとびでるわよ、奥さん!(P112)

expensiveと読んだときに「べらぼう」が、Youに「連中」が、askに「吹っかける」が、「wouldn't believe」に「目の玉がとびでる」が出てくるか? ………私だと出てきません。もちろん、翻訳は単語単位でするものではなく、もっと大きなかたまり(セリフ全体、段落、章、1冊丸ごと)で日本語にうつすわけですが、セリフ全体をヒント・条件としてとらえても、こんなに生きのいいセリフを生み出すにはまだまだ修行が足りません。1文で読んでも、ここまでのこの女性の話し方や想像されるバックグラウンドなどを踏まえても、ぴったりなセリフだと思いました。

上記は違う場面ですが、登場人物がたんかを切るとき、相手を追い詰めるとき、開き直ったときなど、ぴりっと締まる感じのセリフが絶妙で、とてもかっこいい。歌舞伎のようだとも思いました。小尾さん、加藤洋子さん、皆川博子さんなど、かっこよくて華がある、山椒のようなセリフ・文章を書かれる翻訳者さん・作家さんが好きで、憧れを感じます。

原書と訳書を比べると、自分が目指す山の高さをあらためて感じてめまいがします。でも引き続きその山を登るため、次はアラン・ベネット作の『やんごとなき読者』の読み比べを始めようと思います。

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