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つばめ翻訳のブログ

在宅フリーランスで翻訳業をしています。翻訳の仕事、勉強、イベント、読書と言葉について書いています。

最近読んだ本:Queen's Gambit

チューダー朝ヘンリー8世の6番目の妃、キャサリン・パーを主人公とした歴史小説を読みました。英国の作家Elizabeth Fremantle(エリザベス・フリーマントル)のデビュー作です(2013年刊)。10年前に購入したものの、数十ページ読んだところで挫折してしまい、ずっと本棚にありました。今年、この作品が”Firebrand”というタイトルで映画化され、カンヌ国際映画祭にも出品されたとSNSで知って再び手に取り、ようやく読み通すことができました(『クイーンズ・ギャンビット』のタイトルで2020年にドラマ化され、邦訳がすでに出版されているThe Queen's Gambitとは別の作品です)。
 
チューダー朝を舞台にした書籍は何冊か読んできましたが、6人の妃のなかで一番興味をひかれるのがキャサリン・パーです。処刑されず、離婚されず、病にもかからず、ヘンリーとの結婚生活を生き延びた唯一の王妃。王と議論ができるほど見識があり、自ら執筆して本を出版したこともあったそうです。ヘンリーに働きかけ、前妃との娘であるメアリーとエリザベスの王位継承権を復活させた人でもあります。
 
繰り返し書籍化・映像化されているチューダー王朝が舞台であるにもかかわらず、本作が飽きのこない作品になっているのは、メイドのドット・ファウンテンが2人目の主人公に据えられているからだと思います。キャサリンと立場の違うドットの視点を取り込むことで、屋敷や宮廷の構造、貴族や使用人の人間模様、登場人物の人柄や思惑などが多角的に描かれ、読みごたえが生まれていると感じました。キャサリンには知りようのない継娘メグの本心や、城外に立つ市場の様子、絶望に満ちたニューゲート監獄の内部、使用人同士の率直なやりとりなども、ドットを通して読者は知ることができます。
 
メグが幼かったころから仕えているドットのことをキャサリンもとても信頼しており、王妃になってからも自分の身の回りの世話をドットに任せています。前の5人の妃たちと同じ轍を踏まないよう常に言動に気を配っている慎重なキャサリンですが、ドットの前では人間らしいほころびを見せることもあり、ヘンリーとの寝屋に向かう憂鬱と恐怖をふりほどこうとワインのカップを壁に投げつけたり、宝石の美しさに喜ぶよりもその重さを身につけねばらならない気だるさを見せたりしています。誠実で口の堅いドットだからこそ知りうる、ありのままのキャサリンです。ドットはまるで物語を進めるために作られた人物のように思えますが、巻末の人物解説によると、実際にメグとキャサリンに仕えていた女性だそうです。
 
フィリッパ・グレゴリーのThe Taming of the Queenでは、ヘンリーの寵愛を受けている時期のキャサリンは力強く輝いていました。対して本作では、ヘンリーから摂政に任じられて高揚感を覚える場面などはあるものの、最初から最後までどこか陰のある女性として描かれています。同時に、メグ、メアリー、エリザベス、エドワードら血のつながりのない継子たちを大切にして自分なりの家族を作ろうと心をくだき、ドットをはじめとする使用人たちや、宮廷の道化師、馬やペットのサルにもいたわりを忘れない人でもありました。その優しさと薬草学の心得を持ち合わせていたがために、病床にあった前夫による最期の頼みを断り切れず、ある過ちを犯してしまったことで、キャサリンは生涯を通して罪の意識にさいなまれることになりました。それが、キャサリンにまとわりついて離れない憂愁になっていたのだろうと思います。
 
エリザベス・フリーマントルの作品は、残念ながらまだ邦訳されたことがないようです。本作の映画化をきっかけにフリーマントルへの注目が高まり、本作を第1部とするチューダー3部作などが日本でも翻訳出版されるといいなと思っています。なお、フリーマントルの最新作は、17世紀イタリアの画家アルテミジア・ジェンティレスキを主人公とした”Disobedient”。画家としての天賦の才がありながら同じく画家の父や夫から理不尽な扱いを受け、美術教師による性犯罪のサバイバーとなりながらも、自らの力で美術界の階段を登り詰めていったアルテミジアの生涯が描かれているとのこと。”Disobedient”もぜひ読んでみようと思っています。

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